ライズエイジア

2003.Jul

■2003年7月号:1/2

Toshiのフィリピンレポート

■スモーキーマウンテン仮設住宅の住民、本住宅への引っ越し始まる。

「母なる大地の子どもたち日本公演2003」のご報告は、マニラでの稽古から、公演の期間中、子どもたちとずっと一緒で、ある時は講演会の講師、ある時は舞台監督と大活躍だった上田君の旅日記からお届けします。

Toshi上田・旅日記

-5月9日(金)

「母なる大地の子どもたち」2003年日本公演参加メンバー25名、団員のほとんどが、10歳〜15歳の小中学生で、海外旅行はおろか飛行機に乗るのも初めてである。緊張の余り皆、トイレに行く回数が増える。フィリピン航空408便で、まだ肌寒い関西空港に到着。すっかり顔なじみになった吉川学園の皆さんの出迎えを受け、緊張していた顔にも笑顔が戻る。大阪入りをした子どもたちは、早速翌日公演先となる難波別院、南御堂に宿泊。到着した翌日から公演が始まるという強行軍なので、子どもたちを早く寝かせたい大人。疲れているのに、興奮して眠れない子どもたち。早く寝なさい!と注意しつつ私も眠れない。床の中で、とにかく子どもたちの健康に注意していこうと決意する。

 

-5月10日(土)

いよいよ初日。「難波別院、南御堂公演」会場に入って仕込みを始める。衣装のアイロンがけや小道具の準備に追われる。そしてリハーサル。さすがにみんな緊張している。子どもたちに、あれだけ練習したのだから、自信を持っていこうと声をかける。45分間の初日公演も無事終了した。終了後1人の子がポロッと涙を流した。それにつられた子どもたちが感極まって皆涙を見せた。緊張が解けたのと、今まで練習してきたことが舞台で披露できたという満足感から来ているのであろう。
その後、ガールスカウトの皆が準備してくれたバーベキューに舌鼓を打つ子どもたち。食べているときの子どもたちの顔は、ほんとに良い顔をしている。

 

-5月11日(日)

早朝、子どもたちは南御堂のお勤めに招待された。本堂に入るなりお経が始まり、金ぴかの仏像に見とれ日本の文化に触れるひと時を過ごした。荷物をまとめ小雨が振るなか南御堂の人たちに見送られ2班に分かれバスに乗り込む。1班5名は、「ブラスエキスポ2003」に出演するため万博公園に向かう。もう1班は和歌山県那賀郡に向かう。バスで揺られること2時間で粉河ふるさとセンターに到着。ユネスコの皆さんに歓迎を受け会場入り。早々に仕込みと準備をし、5名抜けたバージョンのリハーサルを行う。慣れていないバージョンなので、またまた子どもたちは緊張気味。「紀北ユネスコ協会創立55周年記念事業公演」開演寸前、「ブラスエキスポ2003」万博公園野外会場公演が雨のため中止になり、会場に行っていた子どもたちが会場入り。フルメンバーでの公演となりみんなホッとする。
大きな拍手を受け公演も無事終了。この日はユネスコ会員さんたちのお宅でホームスティ。6軒に分かれホームスティを楽しむ。初めて見る畳の部屋、初めて使う箸や、今まで口にしたことの無い食べ物に戸惑いながらも、各ホストファミリーの暖かい心遣いに大喜びの子どもたち。それにしてもうちの子どもたちは、仲良しになる天才かもしれない。

 

-5月12日(月)

各ホームスティ先で朝食をし、集合場所の粉河ふるさとセンターに集合。
ホームスティ先の皆さんと記念撮影後、粉河町の町長さんを表敬訪問。那賀町「青洲の里」などを見学し、大阪に向かう。大阪滞在中の拠点となる守口市の吉川学園・早苗幼稚園に到着。この学園の吉川園長先生が「スモーキーマウンテンの子どもたちを支援する会」日本公演の話をまとめてくれた方である。何度も何度も、スモーキーマウンテンを訪ねていただき、スモーキーマウンテンの子どもたちに「日本公演」という素晴らしい夢と目標を与えていただいた。今夜は、支援する会の皆さんの家庭でホームスティをする。7軒のホームスティ先に分かれる。みんなしっかり休息してくれよ!先はまだまだ長いんだから。

 

-5月13日(火)

6時に集合し早苗幼稚園で衣装、道具を積み込みバスに乗り込む。行き先は宝塚市。宝塚ライオンズクラブ主催の「逆瀬台小学校公演」。体育館に3年〜6年生300人が集まり公演が始まる。舞踊のハイライト、バンブーダンスでは舞踊団の子どもたちが思い思いに逆瀬台小学生の手を取り一緒に踊る。昼食後、日本の子どもたちの授業に飛び入り参加、5年生の体育の授業で200メートル走を夢中で走っていた。早苗幼稚園に帰るバスの中、朝が早かったのか公演で疲れたのか、橋って疲れたのか子どもたちは皆寝ていた。ホストファミリー先の人たちのお迎えで、再びホームスティ。

 

-5月14日(水)

今日も6時集合。バスで早苗幼稚園から堺市槇塚台にある会場へ。吉川学園槇塚幼稚園30周年記念「泉北公演」。会場の栂文化会館に到着するなり子どもたちは「大きい会場!」と叫ぶ。
今日の公演では、このツアーで初めて照明と音響も入れ、4回の舞台転換がある完全バージョンを披露する。舞台が広いのでリハーサルにも余念がない。入念なリハーサルのおかげで公演も無事終了。暖かい拍手に子どもたちも満足そう。こんなに素晴らしい会場で公演ができたことに感謝。
公演終了後、堺市から八尾市に移動。大正小学校に到着後搬入し、宿泊先に向かう。到着した先はミキハウス。女子柔道と女子卓球の日本一の施設があるところである。館長より施設内の案内を受け、道場で遊び半分の柔道を子どもたちが喜んでやっていた。使用方法や就寝などにも厳しく日本の規律を学んだと思う。そう言えば、子どもたちも団体行動にだいぶ慣れてきたみたいだ。

 

-5月15日(木)

 起床後、食堂にて朝食後、ミキハウスの館長さんにお礼の言葉を残し、大正小学校へ。
「大正小学校公演」1回目は低学年、2回目は高学年の2回公演となる。
公演終了後、日本の子どもたちとバンブーダンス大会が始まり、何故か日本の子どもたちからサインをせがまれる舞踊団員メンバー。初めての経験に、テレながらもサインを一生懸命していた姿が印象にのこる。「スターみたいだった。」とうれしそうな子どもたち。彼らのうれしそうな顔をみながら、日本に連れてきて良かったとつくづく思った。バスに乗り込み早苗幼稚園に向かい、ホームスティの家路へ。

 

-5月16日(金)

早苗幼稚園6時集合。衣装や道具をトラックに積み込み、子どもたちはバスに乗り吹田市に向かう。到着した先は10年前に廃校になった公立の幼稚園。吹田老人クラブ主催、会場は約40ぐらいの座布団が敷かれていた。開場時間と開演時間がほとんど同時ということもあり、仕込み間もなくのリハーサルなしの開演となる。目の前で次々ときらびやかな衣装を着けて踊る子どもたちに、観客の皆さんも一生懸命拍手で声援し、会場内が一体になり、涙をみせるお年よりの姿も見られた。
公演終了後、老人クラブの人たちが着物を着て黒田節などの日本舞踊を披露してくれた。
子どもたちも扇子の振り方をまねしていた。子どもたちも感動していたことは言うまでもなく、良い交流が出来たと思った。老人クラブの方にまた来てください、と言われた時には「はい」喜んでと答えていた。撤収後、衣装道具を次の会場、守口市大阪国際滝井高校に搬入し、リハーサル。終了時間は夜の9時を回っていた。ホストファミリーの出迎えで子どもたちもホッとしているようだった。ホストファミリーの皆さん本当にありがとう。

 

-5月17日(土)

早苗幼稚園6時集合、早苗幼稚園のマイクロバスに乗り込み会場へ、「大阪国際滝井高校公演」リハーサルを早々終え開演、大きなホールでの公演は2回目である。高校生たちと昼食会で話に花が咲き盛り上がった。
撤収後、大阪から愛知県の岡崎市に移動。バスに揺られること3時間。スモーキーマウンテンクラブの石川さんたちに迎えられホテルチェックイン。1人1部屋である。子どもたちは隣の部屋に行こうと部屋を出るたびに自動ロックのドアが閉まり、 部屋の鍵を皆持ってでないので締め出されて、部屋に入れなくなる。ホテルの人にどれだけ迷惑をかけたかわからない。すいませんでした。
夕食はスモーキーマウンテンクラブ主催のディナーパーティ。大きな会場を貸し切っての盛大なものであった。子どもたちが食べ過ぎてお腹をこわさないかとちょっと心配になったが、ちゃんと自分達でコントロールしている。どんどん成長していく子どもたちに感動する。

 

-5月18日(日)

朝6時30分ロビー集合、朝食を取る。「岡崎公演」セキレイホール会場へ搬入、仕込み、リハーサルと順調である。大きな会場にも子どもたちが慣れてきたように思う。自分たちで役割分担をして、作業も手際が良くなっている。
来賓として、東京からフィリピン大使館参事官のボン・ベンソン氏が、ライズエイジア東京の桑原代表、小島理事と一緒に会場に駆けつけてくれた。ボン・ベンソン参事官は、来賓挨拶として「フィリピン政府と国民を代表して、公演を主催したみなさん、そしてご来場いただいた皆さんに感謝したい。子どもたちの舞踊を通してフィリピンの文化や歴史に興味を持って、フィリピンを好きになっていただければ幸いです」と挨拶。
子どもたちの踊りには、参事官も大満足の様子。公演終了後、ライズエイジア東京から、フィリピンのお菓子とジュースの差し入れ。久しぶりのフィリピンの味に、子どもたちより大人のスタッフが喜んでいたのがおかしかった。
夜は、お疲れさん会で、子どもたちの交流が続いた。途中から団員の女の子の14歳の誕生日ということで盛大なバースデイパーティになり、今までに見たこともない大きなバースデイケーキを皆でほおばった。主催者の心遣いに感謝、感謝。

 

-5月19日(月)

ホテルで朝食後、ホテルチェックアウトを済ませ、バスに乗り込み岡崎市から安城市へ。
「安城南中学校公演」きれいな大きな体育館で800人が声援を送ってくれた。昼食時給食を生徒さんたちとした。撤収後バスに乗り込み、3時間の道のりで大阪守口市早苗幼稚園に向かい、ホストファミリー宅へ。

 

-5月20日(火)

 午前中、早苗幼稚園の園児と交流。午後、守口文化センターに搬入、仕込み、リハーサル。終了したのは9時であった。ホストファミリー宅に。

 

-5月21日(水)

 「守口文化センター」3回公演朝、早苗幼稚園園児さん父兄の方々が鑑賞。午後、夕方の部は一般チケット売りで満員御礼であった。
この公演のみ演出を少々変えた。「最後の舞踊を踊り終えると、一人一人が衣装を脱ぎリヤカーに衣装を入れて幕を下ろす」という構成にした。今日、舞台で踊っている子どもたちは、「今まで一生懸命稽古を重ね、日本公演を実現した。しかし、このツアーが終わればまたスモーキーマウンテンでの過酷な現実が待っている。」ということを表現したかったからだ。お客さまに理解していただけただろうか。独りよがりだったかな?
子どもたちはホストファミリー先に着くやいなや床に就き寝入っていた。 疲れているのだなーと感じる。
今日あたりが疲れのピークかもしれない。一人一人の体調を見極めることにしよう。

 

-5月22日(木)

 早苗幼稚園6時集合、住之江区に向かう。「敷津浦小学校公演」。子どもたちは、かなり疲れている。バスの中では皆熟睡状態。今日の公演は上手くいくかなとふと思う。
子どもたちは毎日同じ舞踊を踊っているが、見る人にとっては初めての出会い。どんな踊りを見せてくれるのだろうと期待をしていると思う。だから思いっきりの良い舞踊を観客に見せてあげよう!と子どもたちを励ます。励ましに応えて、2回公演とも子どもたちは舞踊の思いっきりを見せてびちっと決めてくれた。
内心ホッとした。子供たちにはほんとに頭が下がる。日本の子どもたちとの交流時間は本来の姿に戻って遊んでいたが、やっぱり帰りのバスの中は皆熟睡。休めるときにゆっくり休んでほしいと思う。

 

-5月23日(金)

 早苗幼稚園6時集合、衣装道具をバンに積み、子どもたちはバスで神戸市に向かう。
神戸須磨ライオンズクラブ主催「西須磨小学校公演」。搬入時から、子どもたちが陽気で、昨日までの疲れはどこへやら、公演後、須磨小学生が一弦琴を披露してくれたのに団員メンバーは感動していた。
団員は各教室に招待され、日本の子どもたちと一緒に給食を食べた後、各教室で立案した遊びに仲間入りして遊びに熱中していた。西須磨小学生に盛大に見送られ、別れを惜しみながら学校を後に、須磨水族園に行く。今まで見たことのない魚ばかりに見とれる子どもたち、アマゾンの巨大なまずやラッコ、なんと言ってもイルカショーが気に入った様子。帰りのバスの中はクウクウクウーッといういるかの鳴き声を皆真似ていた。2時間の水族園を楽しんだ子どもたちは、翌日の公演先の池田市に向かった。会場は日本最新の舞台技術を完備したホールであった。最後の舞台にもってこいである。搬入、仕込み、リハーサル、終了したのは10時をまわっていた。お付き合いしていただいたスタッフの皆様に感謝。
早苗幼稚園に戻り、ホストファミリーが迎えに来てくれた時間は11時であった。皆さんお疲れ様です。

 

-5月24日(土)

 早苗幼稚園7時集合、池田市のバスで池田市民文化会館アゼリアホールにむかう。
泣いても笑ってもこのツアー最後の公演になる。ほくえつこども文化協会主催「池田公演」。
主催者のスタッフの方に「思いっきり自由に、子どもらしく踊ってもらえればいいですよ」と声を掛けられ、知らず知らずに力が入りすぎている自分に気が付いた。平常心!平常心!私が緊張すれば、子どもたちにも伝染してしまう。自分に言い聞かせて、子どもたちと最後のミーティング。舞台の上の子どもたちは、堂々としていて、本当に輝いていた。
公演が終了し緞帳が下りてきた時、何故か私は泣いた。涙が止まらなかった。輝いている子どもたちに感激し、感謝の気持ちで胸がいっぱいになっていた。公演終了後一人一人の子どもたちにありがとうと声をかけながら、また涙が溢れてきた。

 

-5月25日(日)

 ホストファミリーが思い思いに遊びに連れて行ってくれた。
私たちは「ひらかたパーク」へジェットコースターや、名前の知らない乗り物に乗って一日を満喫した。
ホストファミリーの皆さん本当にありがとうございました。子どもたちに帰国の準備を指示していると、日本公演の終わりを実感。最後まで事故のないよう気を付けないとと気を引き締める。

 

-5月26日(月)

 早苗幼稚園より衣装道具、手荷物を入れると70個をこえる荷物を積み込み関西空港へ、南御堂の方々、和歌山でホストファミリーをしてくださった方々、スモーキーマウンテンを支援する会の方々が見送りに来てくれた。子どもたちは、飛行機の中で妙に静かだった。あまりにたくさんの思い出をどのように整理して良いのかわからずに、呆然としているようでもあった。また、別れの悲しさが口を塞いでいるかのようだった。
それでもマニラ国際空港に到着し、2週間ぶりに家族と再会すると、いつもの元気な子どもたちに早変わり。目をキラキラさせながら、早口に日本での出来事を話し始めていた。
一人の病人も、けが人もなく、無事に日本公演を終了できたのは、各地のホストファミリーの心遣いや、主催者の皆さんのご支援のおかげだと心より感謝。お陰様で、私も充実した日々を過ごすことができました。本当にありがとうございました。